孤独なおちんちん

かなり恥ずかしがり屋な30代独身男性の孤独なブログ(U)主に自己啓発系の書評や自分の人生について語ります(U)

「二郎は鮨の夢を見る」を見たので堀江貴文さんのすきやばし次郎批判に答える

広告

f:id:mowan:20170828224153j:plain

AbemaTVで、すきやばし次郎の映画「二郎は鮨の夢を見る」を配信していたので視聴しました。

 

番組概要

東京・銀座の地下にあるたった10席ほどの鮨店・すきやばし次郎の店主・小野二郎。彼の握る鮨は「ミシュランガイド東京」で5年連続、最高の三つ星の評価を受け、フランス料理最高シェフのジョエル・ロブションや、ヒュー・ジャックマン、ケイティー・ペリーといったハリウッドセレブなど、世界中の食通たちをうならせてきた。あのメトロポリタンオペラの総帥、ピーター・ゲルブ氏の息子でもあるデヴィッド・ゲルブ監督は、87歳の今でも現役で板場に立ち、現役で己の技を磨き続ける二郎の職人としての生き様に魅了され、その人生と哲学を題材に映画制作をすることを決意した。そして、約3ヵ月にわたり東京、静岡と密着取材を敢行した。ゲルブ監督のファインダーが映し出すのは日本人の私たちが忘れかけた、二郎の仕事に対する誠実な姿勢。親子であり師弟でもある二人の息子を通じて描かれる、偉大なる父への敬意、そして葛藤...。世界が認める名店を支える者たちのプライドと仕事にかける情熱を、温かくもモダンな映像とクラシック音楽の旋律とともに美しく浮かび上がらせてゆく。

abema.tv

 

そして同時にこんな記事も見かけました。

news.livedoor.com

前から堀江貴文さんがすきやばし次郎で何年も修行することを批判していたのは目にしていたのでその視点からこの映画を見ていたら、答えになりそうな発言がいくつかありました。

 

堀江さんの主な批判は

・10年修行してやっとたまごを焼かせてもらえるなんてバカ

・ゆっくり食べられない・人気になって高飛車になっている

・若い子が10年間という人生を無駄にしている

記事を見る限りではこの辺がポイントになりそうです。

ではひとつひとつ見ていってみます。

 

10年修行してやっとたまごを焼かせてもらえるなんてバカ

この部分に関しては、映画の中で10年後にたまごを焼けるようになるまでどういう過程で修行していくのか語られていたので、書いていきます。

 

すきやばし次郎で修行を始めると、まずはものすごく熱いおしぼりを絞れるようになる必要があります。

これは本当に熱くて、最初はまともに絞ることができません。

 

しかし、これができるようにならないと魚を触らせてもらえません。

魚を触らせてもらえるようになると、そこから様々な仕込みを覚えていきます。

あらゆる仕込みを10年かけてひと通り覚え、最後にたまごの焼き方を覚えます。

 

映画の中では、弟子がたまごを焼かせてもらえるようになった時の話をしています。

たまご焼きを任せてもらえるようになったとき、それまで自分でも練習していたので自信はあったそうです。

 

ところが、1日4枚焼いて全部ダメだと言われた日もあったとか。

結果的に約200枚焼いたとき、二郎さんからオーケーが出て思わず泣いてしまったと話していました。

 

そして、二郎さんからたまごがきちんと焼けるようになったとお墨付きが出ると、その弟子はそこから職人さんと呼ばれるようになるそうです。

 

つまり、たまごを焼けることが一人前の職人になるための最終ゴールです。

堀江さんの言うような

「たまごすら焼かせてもらえない」のではなく

「すべての修行の集大成としてたまごが焼けるようになってゴール」

なのです。

 

そうなるとあとはその人の時間感覚の差になってきますが、

例えば企業に置き換えて考えてみると、堀江さんのようなベンチャーでゴリゴリやってきた人からすると、10年ですべての仕事を覚えるなんて長い、となるでしょう。

 

そうではなくて東証一部の上場企業でその会社でのすべての仕事を覚えるとなると10年かかったとしてもおかしくありません。

 

f:id:mowan:20170828224142j:plain

ゆっくり食べられない・人気で高飛車になっている

すきやばし次郎ではすべてお任せコースになっているので、ゆっくりお酒を飲んだりつまみを食べたりしながら時間をかけて食べるということができません。

次から次へと寿司が出てきて、大体15分~30分ですべて食べ終わります。

 

映画の中でも、そういうのが好きではない人には合わない、とはっきり言っています。

実際、二郎さんの次男である小野隆士さんは独立して自分のお店を持っていますが、そこの常連さんは

 

「本店だと緊張してしまうから味が同じで値段が安いこっち(次男)の方が良い」

と言って来られる方もいらっしゃるそうです。

たしかにこれを人気店になって高飛車になっていると捉える人もいるでしょう。

 

では、このようなお任せコースにした理由はなんなのでしょうか。

これも映画の中ですべて語られています。

 

酢飯は人肌の温度で食べるのが最も旨味を感じます。

そのため、すきやばし次郎ではいかに飯が冷たくならないようにするか、仕込みの段階から相当気を使って作っています。

 

ほかの店では絶対にここまでやっていないだろうというところまで工夫して手間をかけて仕込んでいます。

それだけ、二郎さんはどうしたら食べる人に最高の旨味を届けられるかを考え続けていて、その結果今のようなポンポンとリズム良く寿司を出していくスタイルになったそうです。

 

また、旨味というのは、マグロがうまいから旨味ではなく、マグロを酢飯と合わせ、醤油をつけて食べるから旨味になります。

お風呂上りにビールを飲んで、ぷはー!と言うその一連の流れが旨味。

 

そのような最高の旨味を出すにはどうしたら良いのか二郎さんが考え抜いた結果、今のようなお任せコーススタイルになったそうです。

 

懐石料理のように、温かいものが出てきた後に冷たいものが出てきたり、季節のものが出てきたり、しっかり食べられるものが出てきたりと、寿司でも流れ、起伏を作れないかと考え抜いた結果が今の形だとか。

 

すきやばし次郎のお任せコースは、二郎さんの寿司哲学に基づいた音楽のコンチェルトに乗りながら食べるんです、と評論家の方は語っていました。

 

若い子が10年間という人生を無駄にしている

映画の中では、若いお弟子さんがなぜすきやばし次郎に弟子入りしたのか質問されていました。

そのお弟子さんが言うには、

「いろいろなものを食べてきた中で、寿司職人が一番かっこいいと思った。そしてたくさんの寿司屋を食べ歩いてきた中で、すきやばし次郎が最高においしかったし、すごくカッコイイと思ったから。」

 

理由がカッコイイからって、一見バカっぽい理由に見えますが、堀江さんの言う、若い子が10年間という人生を無駄にしている、という批判に対してとても明快な答えになっているなと僕は感じました。

 

これも企業で例えると東証一部上場企業に入ったようなもので、そこで10年修行したからといって本人は無駄だなんて思わないし、そこで働けていること自体が嬉しい。

むしろそこで10年修行したというネームバリューを得られることのほうが本人たちにとっては重要なのかもしれません。

 

すきやばし次郎に弟子入りするのも同じことで、すきやばし次郎で10年修行したという事実を手に入れることができるということが大事で、実際に寿司の技術を身に付けるのに時間がかかるというのは弟子入りした当人たちにとってはあまり問題ではないようでした。

 

実際弟子たちの言動を見ていると楽しそうに働いているし、誇りも感じているようです。

 

でも実際、技術を身に付けること自体に関しては10年も下積みする必要はないだろうと言われれば、その通りです。

そこに関しては、二郎さんの長男、小野禎一さんも映画の序盤ではっきりぶっちゃけています。

 

「一流の職人になるには、先天的な能力、例えば、舌がものすごく敏感だとか鼻がものすごく良いとか、才能が必要。コツコツやればそれなりのレベルまではいくけど、ずば抜けるには才能がないとダメ。あとは自分の努力」

 

二郎さんの長男がここまではっきり言ってしまうのかっていうかんじでしたが、それが紛れもない事実なんですね。

この点に関しては堀江さんとも一致するんですね。

一流の寿司職人になるには何年も修行して努力したからといってなれるものではない。センス、才能が必要。

 

じゃあ、だからといって修行が必要ないかというと、上に書いたような理由で修行の道を選ぶ人もいます。

センス・才能があるならば、さっさと技術を身に付けて独立してあとは自分で腕を磨いていったほうが良いという人もいます。

実際に、たった3カ月の研修だけでミシュランに掲載されてしまったお店もあります。

netgeek.biz

 この記事では結論として堀江さんの主張が全面的に正しかったとしていますが、ここまで書いてきたように、この人たちにはその方向が納得できる道で、その方向で結果を出すことができたということ。

これによってすきやばし次郎で修行している人たちが否定されることにはなりません。

 

 

結論:ふたりともこだわりが強く頑固でわがまま

結局、まとめとして元も子もないことを言ってしまえば、小野二郎さんも堀江貴文さんも、異常なくらい確固たる信念があって、それに沿って考えたり行動しているのでこのおふたりが議論したところで絶対に結論は出ないわけですが、どっちが正しい・間違っているということはなく、ただただお二人の信念の違いなんだなあと。

常に他人に左右されてブレブレな僕からしたらうらやましい限りです。